こんにちは!お盆も終わり、夏の終わりを朝晩の爽やかさに感じて、少しおセンチな(死語!)気持ちになりつつあるOJA-P(オジャピー)です。
さて、前回グレープをご紹介しましたが、短期間の活動だったにも関わらず素晴らしい楽曲を残していたので今回はもう一曲、取り上げてみました。
以前、さださんがインタビューでお話ししていたと記憶していますが、ヒット曲を出すたびに批判されていて大変だったと。『精霊流し』では「暗い」、ソロになってからも『雨やどり』は「軟弱だ」、『関白宣言』は「女性蔑視だ」、『防人の詩』は「戦争賛美だ」……etc.etc.
グレープ時代の最大のヒット曲は、前回ご紹介したセカンドシングルの『精霊流し』ですが、次に売れたのはラストシングルになる『無縁坂』でした。この曲への批判は「マザコン」(汗)。
ご存じの方も多いかと思いますが、無縁坂は東京都は湯島にある坂の名前ですね。不忍池から東京大学(本郷キャンパス)へ上る坂です。
歌の主人公(=僕)は母親がまだ若い頃、手を引かれてこの坂を何度か上ったと回想します。
坂の途中でよく溜息をついていた母親は「ため息つけばそれで済む 後だけは見ちゃだめ」と言いながら、「僕」に笑いかけます。
この場合の溜息は、急な坂を上ることの肉体的な辛さ、しんどさに加えて、人生を生きて行くことの辛さをも投影しているダブルミーニングと推測します。と言いますのは続くサビの歌詞が、
運がいいとか悪いとか
人は時々口にするけど
そういうことって確かにあると
あなたをみててそう思う
忍ぶ 不忍 無縁坂
かみしめるような
ささやかな僕の母の人生
(『無縁坂』グレープ)
というところからも伺えるのではないかと思います。
坂を人生に喩えるというと、私の場合は、戦国時代を終わらせ250年に渡る江戸幕府を築いた徳川家康を彷彿としてしまいます。
『人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し』
という、徳川家康の御遺訓と呼ばれる文です(本人作かは諸説あり)。
こちらは坂ではありませんが、人生を道に喩える点で共通している哲学があるように思えます。いかがでしょうか。
ところで冒頭の「マザコン」という批判については、果たしてどうでしょう。一人称の「僕」が描いた母親への視線は、手を引かれた子どもにも関わらず非常に冷静で(さださんらしい)、客観的に母親を一人の人間として描写しているように思えます。お時間がありましたら歌詞のサイトで全文を読み返していただきたいのですが、私はこの曲に関して、マザコンという批判は当たらないと考えました。
そしてさださん、メロディーだけではなく、歌詞の表現に素晴らしい感性をこの曲にも発揮していると感じました。
忍ぶ不忍(しのばず)無縁坂
無縁坂が上野の不忍池近くにあることと、様々なことを耐え忍んできた母親の人生を掛けた、見事な表現だと思います。
お母さんへの想いをテーマにした曲は森進一さんの『おふくろさん』(ジャンル違い?)他いくつも作られていますが、私が特に印象深く思い出すのはこの二曲です。
あなたの人生にはいつも私がいるのに
それでもなぐさめの言葉はいらないだろう
母はいつまでも 子どもに追いつけない
(オフコース『ロンド』)
絶やすこと無く 僕の心に灯されていた
優しい明かりは あなたがくれた理由なき愛のあかし
(コブクロ『蕾』)
図らずも、すべて男性フォークデュオの曲でした。
『ロンド』は、鈴木康博さん作詞作曲の楽曲ですが、『無縁坂』よりさらに冷静な眼差しを母親に向けている印象ですね。一方、『蕾』の方はとても情緒的・感傷的に想いをぶつけている感じがして対照的な二曲になりました。でも、どちらも大好きな曲です。今度カラオケで歌ってみようかな(あ、『おふくろさん』も)。
余談:私の贔屓にしているフォークデュオ「ふきのとう」の名曲『春雷』も、山木さんが病床のお母さんを想って書いた曲ですが、それはまた別の機会に。



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