こんにちは!
秋のシルバーウィークを前に、この『シルバー』は『ゴールデン=金』に対抗しての『シルバー=銀』なのか、敬老の日に絡めたシルバー世代のシルバー、どちらが先のネーミングだったんだろう?と思い悩むOJA-P(オジャピー)です。
オフコースを2曲取り上げて、次は小田さんのソロを紹介しようと思ったのですが、個人的に思い入れの深い曲をもう一曲思い出したので、今回ご紹介します。
1982年2月にリリースした、オフコース23枚目のシングル『言葉にできない』。
当時もオリコン37位とヒットしたのですが、それから17年後の1999年、明治生命(当時)のCMソングに起用され、話題になったことからさらに幅広く認知されました。
実在の家族写真をスライドショーで構成した、感動を呼ぶTVCMが記憶に刻まれている方も多いのではないでしょうか。
曲はピアノとドラムのイントロに続いてサビから始まります。
La〜La〜La〜……言葉にできない
しかもイントロのキーは、La〜La〜の歌い始めから突然3度下に転調します。これは『Yes-No』でも使っている手法なのですが、あちらは歌い出し直前にギターが半音上げてつないでくれているのでまだ心(喉?)の準備ができます。でも『言葉にできない』は本当にいきなり下がりますので、しっかり曲を覚えていないとカラオケで歌えない難曲だと思います(汗)。
歌い出しが言葉ではなくLa〜La〜のコーラス(これもスキャットと呼んでいいのかな?)になっているのは、小田さん本人が、敢えて歌詞を充てなかったと何かで読みました。これは正解だったと思います。曲のタイトル『言葉にできない』に言葉通り呼応し、体現した結果だと受け止めています。
歌詞の内容は男女の別れを歌っていますが、この曲が収録されたアルバム『over』がリリースされたのが’81年11月、小田さんの長年の盟友、鈴木康博さんが脱退の意思を伝えたのが’80年12月ですから、これは鈴木さんに向けて歌っているのではないか?とも言われています。
確かに、これまでご紹介した『秋の気配』や『さよなら』の時と違って、自分を責めたりとかなりエモーショナルな言葉が連なっているのが印象的です。
誰のせいでもない 自分がちいさすぎるから
それが くやしくて 言葉にできない
(オフコース『言葉にできない』)
そもそも、当時メンバーの関係性が取り沙汰されていた中、アルバムタイトルが衝撃的でした。
前作『We are』に続いて『over』。
………私たちは、終わる。
そしてそんな不安がよぎる中、’82年に開催されたコンサートツアー『over』。ツアーの最後は日本武道館10日間連続公演(6/15〜30)でした。
最終日、小田さんはこの『言葉にできない』の途中で歌えなくなってしまいます。このシーンは大変衝撃的で、オフコースのover=鈴木さんの訣別を印象づけました。(オフコースは’89年まで活動)
鈴木さんが自ら脱退を切り出した理由は、それまで小田さん・鈴木さんのツートップメインだったものが、事務所が小田さんメインの方針を打ち出したからとも、『さよなら』の大ヒットにより、鈴木さんがオフコース内の自分の存在意義に疑問を感じたからとも言われていますが実際のところご本人たちしかわかりません。
この武道館コンサート、私も行ったのですが……と話を続けたかったのですが、チケットは手に入れたものの大学の音楽サークルの先輩にどうしても行きたいの、と拝まれ……譲ってしまって行けなかったのでした。あの『言葉にできない』を、スクリーンに投影された壮大なひまわり畑の映像をバックに聴きたかったな(涙)。
結局、鈴木さんはおよそ1年あまり後の’83年8月に脱退します。いつか別の機会にお話ししたいと思っていますが、私の大好きなフォーク・デュオ『ふきのとう』と並んで、おそらく絶対再結成しないグループと呼ばれていることが切ないです。ぜひ再結成して欲しい……。
前にも書きましたが、具体的にシチュエーションを明らかにすることが少ない小田さんの歌詞、それが普遍性を獲得して、多くの方の琴線に触れることになるのもまた事実。現に、時を超えて生命保険会社のTVCMに写真と共に甦り、「言葉にできない」想いを伝えて反響を巻き起こしました。
時を超えて、さまざまな物語やエピソードを背負いながら、間違いなく名曲と称えられる『言葉にできない』。大サビと言っていいんでしょうか……『もう 今は』の後絶句してしまう、長年の盟友を失った悲痛を訴えた言葉少なな小田さんの心からの叫びと、前後のハーモニカの音色が、今聴いても胸を通り過ぎてお腹にまでズドン!と落ちて沁みてきます。





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