こんにちは!いよいよ10月に入り、秋の長雨も一段落、久しぶりにおひさまの光に身を委ねてセロトニンの合成に精を出しているOJA-Pです。
今回も引き続き叙情派フォーク・デュオの代名詞・ふきのとうの名曲をご紹介したいと思います。
ですがその前に今日はいったん寄り道をして、私が大学生時代にふきのとうの縁で音楽サークルに入った時のエピソードをご紹介したいと思います。
1982年4月、希望と不安に胸を膨らませながら八ヶ岳の麓の田舎から東京の、しかしこちらも自然豊かで広大な大学キャンパスの門をくぐった私OJA-P。構内は様々な部やサークル団体が、新入生をひとりでも多くゲットしようと出店の軒を連ね、勧誘合戦の花盛りでした。
高校時代、放送部とフォークソング同好会をかけ持ちしていた私の当時の壮大な夢は……シンガーソングライター、は無理そうなので、こちらも無謀ではありましたがアナウンサー。
そのためにはギターはいったんケースにしまって、いざ!アナウンス研究会へ!!
アナウンス研究会を目指す途中で数々のお誘いを断りながら歩いていると、一人の女性がにこやかな笑顔で近づいてきました。仮にカノコ先輩としておきますが、カノコ先輩はフォークソングやJ-POP系の音楽サークルに所属していてとても熱心に、いい感じでサークルの良さを伝えてくださいます。
もちろん音楽やギターは嫌いではないのでグラッ、と気持ちがよろめきますがいやいや、私はアナウンスを学ぶサークルを目指しておるのです、とお断りをしようとすると
「君はどんなアーティストが好きなの?」
「……えっとそうですね、かぐや姫とか拓郎とかなんでもですが、一番好きなのは『ふきのとう』かな」
「えー!!ちょうどさっき、ふきのとう好きな男の子いたよ。一緒に組めばいいよ」
グラグラッ!!
んー、でもなあ……アナウンス……
「あ、とにかくこの名簿に名前書こうよ。うなぎパイあげるから」
そうして私は、なぜかは忘れましたがその後結局アナウンス研究会にはたどり着くことなく、この音楽サークルに身を投じることとなり、やがて同じくふきのとう好きのフクモト君とデュオを結成するのですが……この続きはまたいずれ、お話しさせていただきます。
話がだいふ外れました。
大自然や季節の移ろいを背景に、恋愛や人生を描くふきのとうですが、ある意味もっともふきのとうらしい曲……それが今回ご紹介する『風来坊』だと思っています。
この曲は1977年7月21日発売、ふきのとう通算8枚目のシングルです。3年前のデビューシングル『白い冬』以降、ヒット曲には恵まれなかったものの、コンサートとアルバムで着実にファンを増やしたふきのとうの久しぶりのヒットとなりました。オリコンチャート35位、売上7.4万枚で、歴代3位のセールスとなった曲です。
歌詞の一番をご紹介しましょう。
この空どこまで高いのか
青い空 お前と見上げたかった
飛行機雲のかかる空
風来坊 サヨナラがよく似合う
歩き疲れて 立ち止まり
振り向き振り向き きたけれど
雲がちぎれ 消えるだけ
空は高く 高く
(ふきのとう『風来坊』)
すべてではありませんが、七五調をベースにした、都々逸を思わせるようなリズムを踏んだ言葉が連なります。
歌詞は四番まであり、ベースはこの一番と同じで、二番は「空」が「風」、三番は「道」、四番は「坂」と変わるのですが、一貫して愛した「お前」を失った悲しみを歌っています。ですが、具体的に何があって別れたとかそういったことは歌詞では一切説明されていません。
そしてこの歌詞を作るに至った背景やストーリーの解説なども、私の知る限りでは山木さんのブログや著作の本、エッセイなどでは触れられていません。
他の曲に関してはもう少し饒舌に語っているのに、ふきのとう歴代3位のヒットになったこの代表曲に関しては、ヒットしてくれてよかった、嬉しかった、と書くばかりです。
一方、曲調に目を向けますとイントロがとても印象的な曲になっていまして、アンデスの民族音楽・フォルクローレでよく使われるケーナという楽器を取り入れています。
例えばサイモン&ガーファンクルでもおなじみの『コンドルは飛んでいく』や、『花祭り』などが有名です。
この印象的なイントロをアレンジしたのが、以前にもご紹介した日本のアレンジ界の大御所・瀬尾一三さんです。私はこのアレンジもヒットの大きな原因だったと思っています。
その証拠に、この曲のリリースから3年後の1980年、同じケーナを使った印象的なアレンジの曲が『風来坊』以上の大ヒットを記録するのです。
それも同じ男性フォークデュオ、チャゲ&飛鳥の『万里の河』といえば、アラフィフ以上の方はご存じなのではないでしょうか。
このアレンジも同じく瀬尾一三さん。
山木さんは『風来坊』に関して、モンゴルの平原をイメージした……と書いています。日本人のルーツのひとつ、モンゴルの草原の風を感じて欲しい、と。ケーナは本来、フォルクローレ、アンデスのイメージなのですが、ダイナミックな草原、景観を表現するチャレンジングな試みだったと思います。
余談ですが瀬尾さんご自身は『万里の河』アレンジの際に、万里の河→大きな河→アマゾン川→アンデス、という連想ゲームでケーナを採用した、と語っていました。以前NHKの番組で、日本人がフォルクローレにとても懐かしい親しみを覚えるのは、アフリカから出発してユーラシア大陸、日本を越えてアメリカ大陸にたどり着いた人類の、DNAの記憶が成せる技だという特集をしていましたが、正に腑に落ちたことを憶い出しました。
ノスタルジックで琴線に触れるイントロ、シンプルに繰り返されるセンチメンタルな歌詞(シンプル過ぎて記憶が衰え始めた昨今は、どの歌詞が何番だったか歌っていて曖昧になりつつあります)、リズミカルなスリーフィンガーのギターが一体となり、生まれたヒット曲なんだろうな、と分析しました。
そして個人的には、このタイトル『風来坊』も、ヒットの大きな要因だったのではないでしょうか。風来坊の意味は、どこからともなくやって来て、どこへともなく行ってしまう人。ひとつの場所にとどまらない人。
私たち人間は、自分の居場所を探して、人生の伴侶を作り、住む場所を決めて生活をしますが、居場所を決めずあてどなく旅をする人にも憧れ続けているのだと思います。ムーミンのキャラクターでいえばスナフキンみたいな。ないものねだりと言えばそれまでですが……そう考えてみますと、確かに曲のイメージ通り、モンゴルの遊牧民をも想像させるイメージですね。
おそらくこの曲の主人公は風来坊を決め込んだがゆえに、愛する人との別れをも受け入れざるを得なかった。そんな運命の悲哀、嘆きを歌にしたと言えそうです。
この風来坊のイメージは、山木さんにとっては大事なモチーフと見えて、他にも『風を見ていた安兵衛』という曲では男の旅立ちを描いています。また細坪さんもソロの曲に『ゆうすげ』というナンバーがあり、もっと大きな世界を見たい、と旅立っていく男の物語を歌っています。
旅立ちは男のロマン……と言えど、戻ってくる場所が約束されていて始めて出かけられる、そんな歳になってしまったんだなあ、そんなことを初秋の風に吹かれて思うこの頃でありました。
※後日談ですが、当時同じ事務所だった武田鉄矢さんはこの『風来坊』を大変気に入り、「俺たちにもああいう曲を書いてくれないか」と依頼されたそうです。
その後、武田さんが作った歌詞を電話で聞き書きし、メロディーをつけた曲が『思えば遠くへ来たもんだ』。
当時、国鉄のキャンペーンソングのコンペにこの曲と、同じ事務所だった谷村新司さんの曲が応募して、残念ながら谷村さんの曲が採用されたそうです。その曲は『いい日旅立ち』だといいますから、世の中って、音楽って面白いですよね。
でもこの曲、武田さんが主演した同名タイトル映画の主題歌にも抜擢され、山木さんはとても喜んだとか。
郷愁あふれるメロディーと歌詞、この歳になって聴くとしみじみ胸の奥に沁みる名曲です。



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